無償の愛とプログラミングの関係性について

アダルトサイトで得た知識を持ってプログラミング学習という

未知との戦いに挑んだ僕ですが、

 

この戦いに受付センターがあるならば、

そこの受付のおばちゃんにボコボコにされて、受付窓口で大泣きしているような状況です。

 

これは色んな意味で非常にまずい・・・。

 

僕が今学習しているのは本当にプログラミングなのか?

と分からなくなるくらい難解な単語、そして概念

 

この時僕は思いました。

 

こんな難しい技術を使いこなせたら、どれだけ気持ちがいいだろうと。

 

 

 

 

話は変わりますが、僕がプログラミングを初めて知ったのは今から10年以上前です。

 

子供の頃、父の仕事の関係で物づくりが好きでした。

秘密基地を作ってみたり、オリジナルのおもちゃを作ってみたり、オリジナルのゲームを考えてみたり。

 

一通り作って満足すると、そのおもちゃ達は押入れの中に眠っていくのです。

 

そして忘れた頃に押入れの中に眠っていたおもちゃを発見した時に、新たな遊びを思いつきました。

 

 

作ったおもちゃを公園に放置して誰かに拾ってもらって遊ばせるのです。

 

そして僕はそれを遠くから優しく見守る。そしてニヤニヤする。

 

無償の愛である。

 

 

僕はこの遊びにこう名前を付けた。

 

 

 

 

 

マザーテレサごっこ

 

 

 

 

マザーテレサごっこは無償の愛である。だから感謝はいらない。

たまたま拾った見知らぬ誰かが楽しむことを楽しみたいのだ。

 

 

思いついたらすぐにやってしまう性格の僕は、おもちゃを片手に公園へ向かった。

 

 

僕はおもちゃを公園にセットすると、誰かが通りかかって遊ぶまで息を潜めて待つことにしました。

 

おもちゃを持っていきそうな人はいないか周りを確認すると

 

どこが伸びているのか分からない体操をするおじいさん。

 

そして、きったねぇネコ2匹。

 

これは長期戦になりそうだと、ポケットに忍ばせたお菓子に手を伸ばしたその時

 

おもちゃに向かっていく人影を視界の隅に捉えました。

 

よく見るとそれはフクロと火バサミを持ったおばあちゃんでした。

 

僕の作ったおもちゃは

ボランティアでゴミ拾いをしているおばあちゃんに虚しく撤去されてしまいました。

 

僕はフクロの中に捨てられたおもちゃの上からさらに詰め込まれていくゴミを見ながら思いました。

 

 

 

 

愛って何なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プログラミングに興味を持ったきっかけまで書こうと思ったのですが、

 

眠くなってきたのでここまでにします。

次回こそプログラミングにちょっとでも関係あるブログにしたいと思います。

 

それではおやすみなさい。